vol.15 シナリオライター 奥寺佐渡子さん

さて、今回はシナリオライターの奥寺佐渡子さんにお話を伺いました。たまこもシナリオを書いてみたいと思い、挑戦してみた事があります。ものすごくエネルギーがいるものなんですよね。ずっと今まで現場で台本と向き合って仕事をしてきたと思っていましたが、実は挑戦してみて初めてシナリオライターの台本に込めた言葉の意味や映像に対するイメージを知りました。それ以来、シナリオライターに興味津々!!以前から一度お話を伺ってみたいとラブコールを送らせて頂きました。それでは早速どうぞ。


【主な参加作品】
脚本
1993年「人間交差点・雨」
1993年「お引越し」
1994年「よい子と遊ぼう」
1996年「学校の怪談2」
1999年「学校の怪談4」
2001年「コンセント CONCENT」
2003年「魔界転生」
2003年「花」

シナリオライターになったきっかけはなんだったんですか

実は、最初は特にシナリオライターになろうと考えていたわけじゃなかったんです。物を書く事が好きだったので、取材して何か書いたりする…雑誌記者みたいな仕事が出来たらいいな、とは思ったりしていたんですけれど。それが、たまたま大学の時に書いたシナリオが(※1)ディレクターズカンパニーの公募に受かって、(※2)相米監督から「読んだよ」と連絡があったんです。(笑)丁度大学卒業の時で就職先も決まっていたので、そのまま普通に働きながら3年ほど深夜番組の台本を副業で書いたりしていました。

相米監督といえば、私も入社したばかりの頃に撮影所をウロウロしていて、(※)「お引越し」のラッシュを内緒で見た事があります。後で監督に「スタッフじゃない女の子が見ていた。感想を聞きたいから連れてきなさい」と言われ、監督やプロデューサーの前で意見を言わされてすごく緊張した思い出があります。(笑)

相米監督ってそういう方みたいですね。私もよく他の方が書いた台本を読まされて感想を言うように言われましたから。

就職されたのは、やっぱりそういう関係の…

いえ(笑)、働いていたのは石油会社なんです。「新規事業開発本部」というところで、ガソリンスタンドの空いた土地をどう使うか考えたり、お店を開いたり…ガソリンスタンドにコンビニをくっつける事を考えたり…それはそれで、とっても楽しかったんですよ。

子供の時から書く事が好きだったんですか

多分、作文で誉められたり、新聞部で作ったものが「面白かったよ」と言われたりするのが嬉しかったんでしょうね。本を読むのも大好きでしたし、シナリオ選集なんかもよく読んでいました。

シナリオの学校にいらっしゃって勉強したりしたんですか

学校には行かなかったんですけれど、沢山シナリオを読んだり、ドラマをビデオで一時停止させながら構成やセリフ、動きを全て文字化してシナリオを書く練習をしたりしました。

シナリオライターにとって大切な事はなんでしょうか

例えば…「粘り強さ」は必要かもしれません。シナリオって「(書いて)直して、更に良くしてゆく仕事」と言えるんですね。共同作業ですし。だから最後まで粘り強く諦めないで書くことが大切なんです。多かった時では20回ぐらい書き直した事もあります。…あと「体力」も必要ですね。体力がないと集中力が落ちてきますから。それから「自分の為ではなく、誰かの為に書いている」と意識する「客観性」も必要だと思います。

時々、書いても書いてもよくならない時があるんですよ。そういう時が投げ出したくなる時なんです。(笑)シナリオのキャラクター作りもチームで仕事をするのと同じで“その人を活かす”適材適所ってありますよね。だから、どういうキャラクターをどのポジションに置くかは、よく考えます。書き始める前にプロフィール(人物設定表)は詳しく書きますけれど、結局変わってゆく事が多いんです。「この人にはこんな一面もあったんだ」と書きながら気づいてゆく感じですね。

実際、キャラクターは頭の中で全て作っているんですけれど、何処かに過去に出会った人の要素は入っているかもしれません。後は俳優さんに当てはめて書いてみるとか。

私の場合、男性を主人公にして書く方が、思いっきり別世界を描けますから楽しいですね。女性ものだと自分自身の「現実」が混ざってきてしまうから破天荒な事が書きにくいんです。

シナリオを書く行程について教えてください

オリジナルの場合は、だいたい自分の知識の範囲で書く事が多いですね。例えば専門分野の情報については書籍から得たりはしますけれど。弁護士や医者の話でしたら現役の方のお話を伺ったり。地方が舞台の時はどんなところかシナリオハンティングもしますしね。それからシノプシス(あらすじ)を書いたり、箱書きやプロフィール(人物設定表)を作ったりします。

そして実際に書き始めるわけです。色んな方の意見は参考にしますよ。“良いとこ取り”で受け入れるようにしています。(笑)バラバラの意見だとしても、一つの脚本に色んな要素って結構盛り込んでゆけるものなんですよ。だいたい映画でしたら書き上げるのに半年ぐらいかかります。

辛いことはどんな事でしょうか

やっぱりクランクイン直前に中止になったりする時でしょうか。オールスタッフもお祓いも衣裳合わせも終っていて、すごく楽しみにしていたのに潰れたとき。最初の頃はそれでふてくされたこともあったんですけれど、今は気にしないようにしています。次ガンバローっ!!て思うようになりましたね。

落ち込む事もありますよ。でも、気にしてたらダメだなって思います。マイナスで考えると続かない。この仕事をやるようになってプラス思考になってきました。打たれ強くなったので、いちいち落ちこまないです。鈍感になったのかな。(笑)何か言われても「見返してやる~」というぐらいの気持ちでいたいですよね。あと、たいへんなことは締切を守ることです。締切間際になると、もっと良くなるんじゃないかと欲が出てくるんです。締切がないと書かないんですけれどね。(笑)

仕事は面白いことの方が多いです。色んな方と出会ってお話を聞く事が大好きですし…映画の仕事が出来る事が10年以上経った今も、やっぱり嬉しいんです。シナリオも書けないなぁという時はありますが、書くのがいやになった事はないんです。やっぱり好きなのかな。

気分転換をする事はありますか

急に日帰りで箱根まで温泉に行く事はあります。その日はそれで寝ちゃう。次の日から又やればいいと思って。よく「苦労された作品は?」と聞かれるんですが、終ると忘れちゃうから、その質問に答えるのが難しいんです。(笑)

自分が書いたものと実際に映像化されたものを見てギャップは感じませんか

いい意味でのギャップを感じることが多いですね。そのギャップが楽しい。どんな風に料理してくれるんだろうって。どこかに自分の筆がまだ足りない…そういう思いもあるので、それを映像で膨らませて頂いてると思っています。本当は映画が出来あがるまで見るのも我慢したいんですけれど、いつも我慢できなくて(※3)ラッシュを見にいっちゃうんです。(笑)

話が元に戻りますが、私は相米監督の「お引越し」が本当に好きなんです。ラッシュを見た時に、トイレで主人公が泣くシーンが2パターンあったと思います。ただ泣いているのと顔を水でバシャバシャ洗っているのと…台本ではどうなっていたんですか

多分…「泣いている」としただけだと思います。私も「お引越し」はとても好きというか、印象に残った作品です。撮影って、もっとシステマティックに進むものかと思っていたんですが、それが違っていて。天気や衣裳や美術一つでお客さんに与える印象がこんなにも違うんだ、映画は「偶然」をも取り込んだデリケートなものなんだと言う事が分かって面白かったですよね。あれは原作のひこ田中さんも「原作と全然違うけど、すごく面白かったよ~」と言ってくださいました。

これからの目標や夢はありますか

稚拙な言い方かもしれませんが、「上手くなりたい」と思っています。自分が見たいと思う映画に近いものが早く書けるようになりたいですね。今はまだアイデア不足なのか、技術や経験が足りないのか、なかなか満足いくものが書けません。

以前はセリフが一番大事だと思っていたんですが、やればやるほど(※4)ト書きも大切だという事が分かってきました。キャラクターの動きや表情で気持ちが表現できたりするので、自分の作ったセリフを切られたりしてもそんなにイヤに感じる方ではないですね。それで共感出来るようであれば問題ありません。

シナリオを書いてみたいと思う方への何かアドバイスをお願いします

最初からオリジナルを書くのは大変だと思いますので、例えば自分の好きな中編小説をまずは脚本化してみたらいいかもしれないですね。小説から映像化するプロセスを考えながらやってみるんです。小説自体面白いけれど、何かもの足りないな、と思ったら話を足してみたり引いてみたり…。脚本家としてではなく、一映画ファンとしては新しいシナリオライターに今までなかったものをみせていってほしいと思いますね。

最後にメッセージをお願いします

例えば自分があまり好きでないジャンルの映画も見て見たら意外と面白い事があるんですよね。だからもし人から勧められた時に「好きじゃない」と思ったものでも、試しに見てみると世界が広がるかもしれません。私もそういう事がよくあるんですよ。(笑)

インタビュー後記

とにかく奥寺さんは、とっても強い方だと思いました。仕事が奥寺さんを強くしていったのでしょうか。その感じ分かる気がします。私も昔だったら、いちいち落ち込んでいた事も今は「これはあの状況に似ているから大丈夫だ」とか「こうすれば解決する」とか何かパターンで整理出来るようになった気がします。それでも落ちこんだときは、思いきって気分転換!!温泉なんて最高ですよね!

話は飛びますが、インタビューのお陰で、久し振りに相米監督について思い返しました。皆に愛されていたクセのある相米慎二監督。スタジオセンターの忘年会にいつもいらっしゃっていて、酔っ払って、口が悪くて…でもどんな人の意見も平等に聞く耳を持っていた事が思い出されます。もし今もお元気であったなら、きっともっともっと素晴らしい映画を作った事でしょう。「意見を聞かせてくれる?」10年以上前のあの時の会議室でのやりとりが懐かしく思い出されます。

(※1)ディレクターズカンパニー…長谷川和彦監督ら当時の若手監督9人で旗揚げした製作会社。後に相米慎ニ監督もこれに参加した。
(※2)相米監督…相米慎二監督。映画「翔んだカップル」「セーラー服と機関銃」「ションベン・ライダー」「台風クラブ」「お引越し」「風花」など多くの傑作を作り出した。2001年9月9日肺がんのため死去。享年53歳。
(※3)ラッシュ…撮影したものを確認チェックするスタッフ試写。
(※4)ト書き…台本の中で「…と、○○が××する」など「…と」説明するところから『ト書き』といわれるようになった。台本のセリフでないところ、説明や動き、表情等について書く部分。