vol.10 プロデューサー 和田倉和利さん

今回はプロデューサーの和田倉和利さんにインタビューをお願いしました。実は昨年の早い時期に一度試みて途中までやっていたのですが、その時はとっても忙しくてゆっくりお話する時間がなかったのです。今回も色んな方が入れ替わり立代わりやってきては話しかけていましたし、電話が鳴ったと思ったら突然英語で話し始めたりと…いつも本当にお忙しいんだなぁと思いました。


【主な担当作品】
1996年『スワロウテイル』
1997年『CAT'S EYE』
1998年『不夜城』
1999年『千年旅人』
2000年『LOVE/JUICE』
2001年『冷静と情熱のあいだ』
2002年『恋に唄えば』
2002年『目下の恋人』
2004年『忍者ハットリくん(仮題)』
など
 
映画が企画されて、動き出すまでの過程を教えて頂けますか

例えば『冷静と情熱のあいだ』(2001 製作=フジテレビジョン=角川書店=東宝)の場合で言いますと、フジテレビ映画部が、最初に原作の権利を買い取りました。そして、竹野内豊さんとケリーチャンさんのスケジュールをおおまかに押さえたんです。まずは「この本を竹野内さんでやろう」というパッケージで動き出した訳ですね。この段階では予算も決まっていませんし、台本も勿論ありません。やっと監督が決定したぐらいです。

この辺りから僕も参加し始めます。「製作」の段階へと入って行くわけです。当初、この映画はイタリア3割、日本7割での撮影を考えていました。でも、原作では、8、9割がイタリアが舞台でしたから、それを日本での話に変えるのは難しいと思ったんです。

そこで「イタリア7割、日本3割」ならば、いけるのではないかと考えました。「オールイタリアロケ」というパッケージ感が、映画としての魅力を出すと踏んだからです。

そして撮影半年前、台本もない段階で原作を持って、監督とまずイタリアに渡りました。最初の(※1)ロケハンをする為です。その後、メインスタッフを連れて現地を見に行きました。どうやってイタリアで撮影するか、何をセットとして建てるか、予定期間内で撮り終えるには、お金がどのくらい掛かるかなど、具体的に決めてゆくのです。台本がやっと上がってきて、今度はそこから予算配分をしなければいけません。どの部分を海外で撮るかなど、ブレークダウンする必要が出てきましたからね。

大切な事は、トータルで「映画という商品」になった時にどういうパッケージでいくかを考える事です。商品としてどう売って行くか。例えば動員100万人でも、全国300館上映では決して大ヒットとは言えないですし、逆に動員10万人でも、ミニシアターでならば、充分ヒットという事がありますよね。映画の作り方は一緒でも、その映画をどうもってゆくかという「パッケージ」の作り方は違うという事です。

僕達は、やはり劇場窓口に何人お客さんが来てくれるか、その満足度はどうか、という事を考えます。監督の場合は、もっと自分の作品としての仕上がりを考えるでしょうから、そこがプロデューサーの考え方とは違います。プロデューサーは企画があって、それに皆をどう巻き込んでゆくか…悪い言い方をすれば騙して(笑)「これは面白そうだ」と思わせられるか、全てをオーガナイズする事が仕事と言えるかもしれません。

仕事の大きな内訳は、製作費やスタッフの管理、合成や音楽、効果音を含めた仕上げまでの全ての方法を決める事です。製作費の割り振りを準備・現場・仕上げと振り分けてね。現場では、「時間=お金」の部分が大きいんですよ。一日撮影が延びれば、お金も膨大にかかる訳ですから、雨でも「撮れ」と言わなくてはいけない時もあります。監督がチラチラ僕の方を遠目に見ている。「フィルムを回してください。僕には雨は見えません」と言って鬼にもなったりします。(笑)

もともと、プロデューサーになりたかったのですか

製作部の仕事は好きでしたね。ロケハンで自分が撮影のビジュアルを決められるのが快感でしたから。例え、台本の内容と部屋の間取りが違っても、もっと面白い場所を捜してきて、それがロケーションで使われたりすると、やっぱり嬉しかったですね。

僕はもともと映画を見るのがすごく好きだったんです。でも、映画を作るようになってからは、その映画を見に行く時間がなくなってしまったんですよね。これが、この仕事を始めて一番失敗した事だと思っています。

仕事で面白いことはなんでしょうか

台本に書かれている事がビジュアルになる、という所でしょうか。セットアップが上手くいくと「やった」という感じがあります。(※2)『不夜城』のオープニングなんかもそうでしょう。ゴールデン街からコマ劇場まで(※3)ステディカムで1カット…上手くいけばそれだけで「面白い」という感じがしましたよね。どんな仕事も「面白そうだからやろう」という"好奇心"が、あります。台本がイメージ通り、或いはそれ以上の作品に仕上がった時も嬉しいですね。

プロデューサーになるにはどうしたらいいのでしょうか

まずは製作部に入る方法があります。一番下の「製作進行」は現場でお茶や弁当などを注文・用意する係りですね。それから「製作主任」は、ロケハンを主な仕事にしています。「製作担当」はロケハンとスタッフの調整を行います。その上に「ラインプロデューサー」がいて、全体の予算編成を現場で行っています。

最近は、企画側…例えばフジテレビ映画部と僕達、現場プロデューサーが一緒になって作っている映画も多いですね。色々な大手の会社が映画製作に着手していますから、角川や電通、フジテレビなどの映画製作部に入るのも一つの手かと思います。

プロデューサーは、基本的にはどんな性格でも…誰でもなれると思いますよ。ただ「出来ないものは出来ない」と言える事は必要だと思います。映画って一人では作れないですし、あれもこれも何でも出来るという訳にはいきませんからね。

プロデューサーの名前って色々あるんですね

あれはきちんと定義があるわけでないんです。だいたい出資会社の担当の方(局長)を「エグゼクティブプロデューサー」と呼んだり、企画側の…例えばフジテレビから来た人を「企画プロデューサ-」と呼んだり、現場で動く人を単純に「プロデューサー」と呼んだりしているんです…あいまいな所があるんですよ。

どういう作品を今後、手掛けたいと考えていらっしゃいますか

う~ん、個人的には同じパターンで仕事はしたくないと思っています。毎回違う仕事がしたいですね。チャレンジが出来たらいい。例えば低予算でアート系の映画もやりますが、『冷静と情熱のあいだ』のような大きな作品もやる。色々やって、バランスをとっているところがありますね。

一般的プロデューサー論にはならないかもしれませんが、面白がらせてくれる企画でないと、のらない。大勢で作るんですから、ゴタゴタがない訳がないので、どうせやるなら面白くやりたい。喧嘩しても何してもいいから、いい物を作って人をびっくりさせたいんです。

企画書の段階で「これはすごい」というものはそんなに多くはありません。皆に反対されていたけれど、どうしてもこの映画を作りたい、そういう事を実行する中から上手くいった、というのもありだと思いますね。だから自分が本当に見たいもの、作りたいものを作って行く事は大事だと思います。僕個人は、映画におけるお約束のフォーマットはありだと思っています。例えば主人公が困難を乗り越えて、苦悩したり挫折しながらも最後には復活する話とか。僕が考えている企画で、実は自分で長い(※4)プロットはもう書いたんですけれどね…

ここで和田倉さんとは、それぞれのやりたい映画の企画の話になってしまいました。でも、内容はまだ秘密!!という事で割愛します。

…早くプロデューサーとして大ヒットメーカーになりたいですね。そうすればいつか自分の撮りたい作品が作れる、と思っています。ずっとその企画をもう10年ぐらい暖めているんですよ。その企画をやる、という思い込みの気持ちを忘れず、いつかやれればいいと思います。

これからの日本映画のあり方についてどう思われますか

とりあえずは、「ベストセラー主義」はやめたいですね。「原作もの」で"いいもの"をやりたいというのはあると思うんですよ。でも、ベストセラーならば何でもいいというのはどうかと思います。「本当に好きでこの本を映画にしたいの?」というのが伝わってこないと。やっぱりオリジナルをやりたいですよね。

ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします

子供の頃とか…中学生になって初めて一人で行った映画館のこと…劇場が暗くなって「これから何か始まるぞ」と思ったドキドキ感は僕の中には今もあるんです。「全然知らない場所に入ってゆく」みたいな楽しさは変わらない。それがあるうちは、この仕事をやっているんじゃないかと思いますね。見てくださるお客さんには「こう見て」という事はいえないですけれど、、そのわくわく感をもってもらえたらと思います。

インタビュー後記

プロデューサーの仕事は、私にはたいへん過ぎるように思えます。お金の管理が大の苦手のたまこにとっては(家計すらまともに扱えない…)、何億という予算配分なんて気の遠くなるような作業です。ましてプロデューサーはお金は勿論、スタッフの管理やポストプロ(仕上げの方法)、引いては劇場公開される時の事まで考えなければならないのです。スタッフの中でも、どこかクールに一線を引いて映画という商品をいつも客観的に見ているのがプロデューサーなのでしょう。

仕事内容についても謎だらけで、聞いてみたい事は山のようにありましたが、その本質を突く、という事が一番インタビューをした中でも難しかったです。今のたまこの感想は「プロデューサーは怖い。プロデューサーはあなどれない」です。また、機会がありましたら、別の視点から、プロデューサーに挑んでいきたいと思います。和田倉さん、ありがとうございました

(※1)ロケハン…撮影する場所を捜し、下見をすることをロケーション・ハンティングと言い、略してロケハンと呼ぶ。

(※2)不夜城…1998年製作。様々なアジア人種が激しく生存競争を繰り広げる無国籍都市・新宿歌舞伎町を舞台に、アンダーグラウンドを生き抜いてきた男と女の危険な純愛物語。ミステリーサスペンスノベルの傑作と評価された、馳星周『不夜城』の、満を持しての映画化であった。
(※3)ステディカム…ステディカム(Steadicam)とは、SteadyとCameraの合成語で、ブレの発生しないカメラ安定機材のこと。1973年、カメラ技術者キャレット・ブラウンによって開発されたそうです。スムーズな移動車と簡便な手持ちの両方の機能を合わせもっており、歩きながらまるでレールを使っているかのような撮影ができます。
(※3)プロット…映画の企画などを考えた時に作るシナリオのあらすじのこと。